金曜日, 5月 06, 2005

コミュニケーションに関する脳内dump Ver.2

やっぱりこんなに連休はいらない... つい先日,「連休はあまり好きじゃない」と言ってたある人に 「一人でいろいろ考える時間がたっぷりあって,ちょうどいいじゃない」 などと,かぶりをふってしまった. しかし実際問題,それも2日間あれば十分だと感じた. それ以上時間を持っていても,思考回路を無駄に暖めるだけだ. 結局のところ自分は,引きこもっているよりは, 人と会ったり,人と話していることが好きなんだろう. 社会人になる以前は,「自分は,どっちかというと引きこもりタイプだな」 と思っていたが,どうやらそれは違っていて, 人と一緒にいることが好きらしい. 要は「さびしんぼ」なわけだ. なぜ今更そんなことに気づいたのだろう? 学生のころ,自分には「いじられキャラ」というものが定着していて, それを社会人になってから払拭したのだ. これが,「さびしんぼ」に気づく原因になったのか. 「いじられキャラ」は,自分から働きかけなくても 人と接する機会が多いものだ. だから,特別な努力をすることなしに, そこそこいい人間関係を持ってきた. しかしそうこうしているうちに, 以下の理由から「いじられキャラ」を自分の中から排除したくなった. ・こちらの都合などお構いなしにいじられると,非常に腹が立つ. ・「いじり」を放っておくと,自分が場をしらけさせている錯覚に陥る. そして何より ・受動的なくせに,上記2点に不満を感じる心構えに我慢ならない. 「いじる」という行為も,言ってみれば「あなたと話したい」というサイン. 「本来なら喜ぶべきことに対して腹を立ててしまう視点」 これこそ「いじられキャラ」に潜む最大の悪玉だ. このままでは,自分の価値観がゆがめられてしまう. というわけで,社会人になってから完全に このキャラクターを排除することにした. それまで受動的だった人付き合いが無くなった変わりに, 能動的に人とのつながりを求める姿勢が必要になったわけだ. 「いじられなくてもキャラが立つ人」 これが理想だ. とはいえ,そんな簡単には変化に対応できず, まだコミュニケーションはぎこちない. しかも,もうひとつタチの悪い問題がある. 「もっと構って!」病 どう考えても矛盾している深層心理.「脱いじられキャラ」の副作用だろう. 自分から動かないことには,他人から受け取るものは何も無い. 当たり前のはずなのに(しかも脳内では理解しているのに),心にモヤモヤが残る. 潜在的な「自己顕示欲」も,これを助長しているのだろう. これに関しては,また別の機会に・・ しかし,自分でも感じる.「ちょっとずつ上向き」であると.だから大丈夫. あとは動くのみ.そしてたまに脳内軌道修正. 「走ってばかりの心と,座ってばかりの腰に効く歌」 をじっくり聴きたい気分だ.まさに.